2016年2月8日月曜日

森と水を未来につなぐ-日本名水百選・大滝湧水の行方        

 この数年,八ヶ岳にいる時間が増え,ようやく自然と向き合うようになった。
森の中で暮らしたいと決意し、親子3人と犬一匹で八ヶ岳南麓に引っ越してきたのは、1991年の早春、今から25年前のことだ。それから22年間、仕事の関係で東京との往復がつづき、ようやく数年前から八ヶ岳を拠点にした仕事の形態を実現することができた(1)
さらに、昨年1年間、隣接する長野県信濃境の八ヶ岳自然生活学校でみっちりと学んだ自然農の理論と実践は、どのようにして自然と向き合うかを徹底的に自分に問う、とても素晴らしい経験だった(2)
自然は,周囲の木々や風のような自分の外側の風景としてだけではなく,むしろ私たちの生活そのものの中にあるように感じる。たとえば,毎日飲んでいる水の質について考えるようになったのも,恥ずかしながら,この数年のことだ。八ヶ岳山麓には,国内でも有数の天然の湧水が数多く存在する。自宅から車で10分くらいのところにある大滝神社の湧水は、環境省の日本名水百選の中に数えられる八ヶ岳湧水群の一つで、古くから信仰を集める大滝神社とともに,美しい樹々で囲まれた一帯は聖域と呼ぶにふさわしい神々しい雰囲気に包まれている。
実際に,月に1,2度の割合でこの水を汲みに出かけ,この水を飲みはじめると,その水質の柔らかさ,まろやかさに感動する。緑茶やコーヒーを淹れても,沖縄の焼酎の水割りにしても,その味が全く異なるといっていい。おそらくは,水そのもののエネルギーが水道水とは根本的に異なるのだろう。このおいしい水をわが身と考えること,これが八ヶ岳での僕の生き方であるといっても言い過ぎではない。
ところが,最近,この美しい湧水の水源地に売電目的の業務用太陽光パネル建設の計画があるという話を聞いた。今回進行しているのは、大滝湧水の上流の神社林隣接の3.5haの森に10000枚に及ぶメガソーラー太陽光発電の設置計画のようである。この森林の伐採・抜根によって、湧水の水脈は必然的に絶たれるばかりでなく、パネル設置の際の除草剤散布により、その水質は間違いなく汚染されるだろう。
一般に、太陽光パネルの問題は、自然景観を損なうという観点から論じられがちであるが、決して自然景観で済まされる問題ではない。むしろ、伐採による森林の破壊とその水源の汚染を憂慮しなければならない緊急事態となっている。
今回の大滝湧水の問題も、その例に漏れない。
その根は、戦後の森林の維持・管理と密接な関係にあり、山林の所有者たちが自らの土地の管理を維持できなくなっていることだ。こうした現状の中で、先般の震災以後、原子力発電に代わるものとして、売電目的のメガソーラー建設が国策として急きょ決定され、これに応える形で、山梨県に太陽光パネル設置が集中したことが今回の背景にある。
したがって、自然景観の問題というよりは、大量伐採による森林の破壊および水源の汚染を早急になんとかしなければならないという喫緊の事態なのである。
大滝神社と大滝湧水をめぐる森林開発の是非の判断は、まず直接利害の及ぶ地元住民の意思として尊重されるべきだろう。しかし同時に、自治体による森林や水源などの自然環境保全、そして原発に代わる新しいエネルギィ開発をどうするのかという、住民のいのちと生活を中心にした社会公共事業としての象徴的な課題でもある。
だからこそ、大滝神社の湧水の問題は、山梨県北杜市小淵沢の上笹尾という狭い地域だけの問題としてではなく、広く自然環境の保護、水質保全、エネルギィ開発といった問題に発展し、きわめて大きな反響を呼ぶ可能性があるのだ。森と水を未来につなぐという発想のもと、この問題に関心を持つ多くの人々の繋がりの中で、地権者をはじめとする地域の直接当事者を孤立させないような方向で問題を解決すべきであろう。
たとえば、湧水保全のための何らかの林地維持管理の協力費等を森林トラストや募金で賄うというような、市民による還元や管理の方法等の具体的な提案が必要だろう。そのうえで、だれも敵にしない、無用な対立を生まない、地域を中心とした賢明な話し合いによって問題が解決できるよう、ともに暮らす市民として、冷静で重大な関心をもって、この地のこの計画の行く末を見極めなければならない。
この大滝湧水の問題は,私たち自身の生活と向き合うことであり,また同時に,私たち自身の発することばと向き合うことでもある。水も,ことばも,それをわが身と考えることによって,それらとの向き合い方も変わってくるとする姿勢を,どのように示していくか。
単純な反対運動の発想としてではなく、生活の中の自然と「私」を結ぶ,市民性形成をめざす地域のあり方として、新しい視点からの未来へ向けての活動が必要であると実感する。

(1)   この間のくわしい経緯については、以下の書籍を参照。
細川英雄・たかみ『薪ストーブのある暮らし-八ヶ岳南麓、森の家から』筑摩書房1995
細川英雄・たかみ・もなみ『土間犬ものがたり-八ヶ岳南麓、薪ストーブのある暮らしから』沐日社2008
細川英雄『研究活動デザイン-出会いと対話は何を変えるか』東京図書
(2)   昨年一年間の自然農体験については、「自然農ことば日誌」というブログを書いているので、この記述を参照されたい。http://hideohosokawa.blogspot.jp/

【付記】
この文章は、メールマガジン「言語文化教育」567568号及び「自然農ことば日誌」16の「森と水を未来につなぐ-名水百選・大滝湧水の行方」をもとにしたものです。
言語文化教育研究所八ヶ岳アカデメイア http://www.gbki.org/

自然農ことば日誌 http://hideohosokawa.blogspot.jp/